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2026.01.29

【Insights】事業カーブアウトにおける価格調整の重要性

「BSの切り出し」に潜むリスクと適正な価値転嫁のメカニズム

近年、事業ポートフォリオの再編が加速する中、企業が特定の事業部門を切り出す事業カーブアウト型のM&Aが増加しています。しかし、事業カーブアウトにおける実務では、トランザクション・サービス・アグリーメントやIT・人事の切り出しといったカーブアウト・イシューに目が行きがちで、「価格調整」の設計が熟慮されないケースが散見されます。

株式譲渡(Entity M&A)では、価格調整方法として、企業価値に対して運転資本調整やネットデット控除を行うクロージング・アカウント方式があるものの、原則価格調整を行わないロックド・ボックス方式も多用されます。一方、事業カーブアウトでは、「価格調整」の設計は極めて重要です。

本稿では、事業カーブアウトにおける価格調整の重要性と、その背景にあるBS構造の特徴、さらに実務で用いられる運転資本調整・ネットデット調整のメカニズムについて解説します。

1. なぜ価格調整が重要なのか:変動する売却益とのれん

事業カーブアウトで価格調整を行わず、譲渡対価を固定する場合、キャッシュインやキャッシュアウトの金額は固定化できる一方、譲渡契約締結から実行(クロージング)までの間に生じる「事業価値の変動」のリスクを買い手及び売り手の双方が負うことになります。

たとえば、クロージングまでの間に運転資本が圧縮され、売掛金の回収や在庫削減によってキャッシュが創出されたとしても、その現預金を親会社に残す設計であれば、買い手は実質的に事業価値が低下した状態で同一の譲渡対価を支払うことになります。その結果、買収後に計上される「広義ののれん」の肥大化を招きます。

一方で、売り手にとっても、クロージング時点の対象事業の資産負債差額(=純資産額)が想定と乖離すれば、「会計上の売却益」が予期せぬ増減するリスクを負います。このように、価格調整条項を欠いた事業カーブアウトは、買い手・売り手の双方にとって連結決算に予期せぬインパクトを与えることになります。

2. 事業カーブアウト特有のBS構造:運転資本とデットの乖離

事業カーブアウトと株式譲渡との最大の違いは、「資産・負債を個別に選別して承継させる」点にあります。
通常の株式譲渡では、会社のBS全体が包括的に承継されるため、現金の増減と負債・純資産の変動は一体としてバランスします。

これに対して、事業カーブアウトでは、必要最低限の現預金を除き、余剰現預金や有利子負債は親会社に残し、売掛金・棚卸資産・買掛金などの運転資本のみを承継させる設計が一般的です。その結果、「営業キャッシュフローは生み出しているが、現金は承継対象外」という構造が生じます。

このように、「運転資本とネットデットが連動しない」というBS構造の歪みをもつにもかかわらず、価格調整を行わなければ経済実態と乖離した譲渡対価となりやすく、取引の合理性が損なわれます。事業カーブアウトにおいて価格調整が不可欠とされる背景は、まさにこの点にあります。

3. 価格調整のメカニズム:運転資本調整とネットデット調整

こうした構造上の歪みを解消するため、事業カーブアウトにおける譲渡契約書では、運転資本調整およびネットデット調整を組み合わせた価格調整メカニズムを構築します。クロージング・アカウント方式と本質的には同一ですが、譲渡契約書において企業価値を合意するのではなく、株式価値を合意する点が異なります。

基準運転資本・基準ネットデットの設定
まず、譲渡契約書締結時に、譲渡対価の金額に加えて、その前提となる「基準運転資本(Target Net Working Capital)」および「基準ネットデット(Target Net Debt)」の額を明文化します。

実績との差金決済
クロージング時点の運転資本及びネットデットの実績値を確定させ、基準値との差額を算定します。この差額は、譲渡対価に対して加算または減算され、最終的な決済金額に反映されます。

この仕組みにより、クロージング直前の資産・負債の変動が適切に価格へ反映され、買い手・売り手双方にとって経済的に中立な取引条件を実現することが可能となります。

まとめ

事業カーブアウトは、通常の株式譲渡(Entity M&A)に比べて、BS構造や会計処理が複雑であり、価格調整の設計を誤ると、譲渡対価、売却益、のれんに大きな影響を及ぼします。加えて、スタンドアロン・コストの精査や、複雑な資産・契約の切り分けなど、通常のM&Aにはない難所がいくつも存在します。これら専門性の高い論点を、自社リソースだけで最適に設計するのは容易ではありません。

当社は、数多くの難解な事業カーブアウト案件を成功に導いてきた豊富な実績と知見をもとに、貴社の利益を最大化するアドバイザリーを提供いたします。事業譲渡・カーブアウトM&Aをご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。


記事監修

和島 功樹
マネージング・ディレクター | GIP株式会社
新卒にてフーリハン・ローキー(旧GCA)に入社後、15年以上に亘るM&Aアドバイザリー業務を経て、GIP株式会社に参画。多岐にわたる産業領域においてクロスボーダー取引、事業統合、事業カーブアウトを含む多くのM&A案件を主導。特にエネルギー、資本財、エンジニアリング領域に深い知見を有する
東京大学工学部(物理工学科)卒業、東京大学大学院工学系研究科(技術経営戦略学) 修士

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