コラム

2026.10.19

【GIPコラム】財務DD最前線~AI活用がM&Aディールアドバイザリーに与える影響~

はじめに 

生成AIの登場によって、M&Aにおける財務デューディリジェンス(DD:Due Diligence)の実務は、この数年で大きく変化している。これは、単にDD業務の工数が減るという話に留まらない。AIが担うのはデータの整理・集計や資料のたたき台作成といった定型作業であり、そこで生まれた時間を専門家がどこに投じるかによって、DDの中身そのものが変わってきている。GIPが現場で実感しているのは、AIの活用によって専門家がこれまでよりも深く、広く論点を検証できるようになり、時間的な制約から見落とされがちだったオフバランス債務のリスクや正常収益力調整の細部にまで踏み込めるようになったという変化である。その結果、クライアント(上場企業のM&A担当者やPEファンドの投資担当者 等)が受けるアウトプットは、単に「早く安く仕上がったDDレポート」ではなく、意思決定の精度が高まり、価格交渉や契約条件の設計における交渉材料にフォーカスしたDDそのものである。これは買収後の統合(PMI:Post Merger Integration)を見据えた提言の深さにもつながり、最終的にクライアントの企業価値向上に直結する。本稿では、生成AIがDD実務に与えてきた影響を時間軸で整理したうえで、GIPにおける実務上の工夫と、実際に効果を上げているポイントを紹介する。 

時間軸で見る生成AI×財務DDの進化

黎明期(2022年~2023年) 

ChatGPTが登場した2022年末以降、生成AIの可能性への関心は急速に高まったものの、DD実務への浸透は限定的であった。データルームに格納される契約書や財務資料には高度な機密情報が含まれるため、汎用的な生成AIサービスにこれらをアップロードすることへの懸念が強く、実務での活用は個人による調べものや下書き作成といった補助的な用途にとどまっていた。 

過渡期(2023年~2025年) 

2023年以降、DDやバリュエーション業務に特化したAIツール等も登場し、アドバイザリーファームでのAI投資も本格化し、コスト削減やディールサイクルの短縮という具体的な成果も現れ始める。この時期、DDの現場では契約書、固定資産台帳、経営会議議事録などのレビューや、資料のサマリー作成にAIを活用する動きが広がり、従来1週間かかっていた資料の要約作業が2-3日程度に短縮されることも珍しくなかった。 

現在(2026年) 

2026年に入り、アドバイザリーファーム各社はエージェント型AIの導入を加速させている。特化型のAIエージェントの大量導入、大規模投資による専用ツールの開発など、財務DDを横断して業務プロセス全体を再設計する段階に移りつつある。同時に、機密情報の取扱いに関する懸念も再び強まってきて、売り手側が秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)において生成AIツールへの資料アップロードを制限する条項を設けるケースも出てきている。効率化と情報管理の両立が、DD実務における新たな論点となっている。 

今後数年 

今後は、DD期間中の一時的な活用から、クロージング後のPMIまで一貫してAIエージェントが情報を追跡・更新していく「継続的DD」への移行が進むと考えられている。財務基礎資料の作成から異常検知、論点整理までを高い精度で自動化しつつ、専門家がより深い経営課題の分析に集中できる体制が標準になっていくと想定される。 

セキュリティに対する考え方 

大手アドバイザリーファームに引けを取らないよう、GIPでも社内でAI専門家集団を擁しており、積極的にM&A業務への活用を進めている。具体的には、DD業務(主に財務DDとビジネスDD)においては、Anthropic社の生成AI「Claude」を活用している。Claudeはエンタープライズ向けに、以下のようなセキュリティ機能を備えており、金融業界向けの提供体制も整備されている。 

データ暗号化 SSO (シングルサインオン) 監査ログ/ コンプライアンス API モデル学習への 非利用 アクセス権限管理 

GIPでは、M&Aディールプロセスで入手する資料の機密性を踏まえ、こうしたセキュリティ機能を前提とした運用ルールを設けたうえでAIを活用している。生成AIの活用が進むほど、ツールそのものの機能面だけでなく、情報管理体制がクライアントからの信頼を左右する要素になってきており、GIPはこの点を特に重視している。

「効率化」の先にある企業価値向上への貢献 

生成AIの活用効果は、単純な工数削減だけでは測れない。GIPの実務では、AIによって生まれた時間を「最も重要な分析」に再配分することで、以下のようにクライアントの意思決定の質を高める効果を出している。

ケーススタディ 

実際のバイネームでの個別案件事例は守秘義務の観点から詳細を明らかにできないが、GIPが支援してきたDD案件に共通してみられる傾向を、一般化して紹介したい。 

AI活用時代でも変わらない、専門家に委ねるべき5つの領域

ここまで紹介してきた通り、生成AIは財務DDにおける定型的な作業を大きく効率化してきた。しかし、この数年AIの進化を間近で追いかけてきたGIPが実感しているのは、AIが進化するほど、逆に「専門家でなければ担えない領域」が際立ってくるという事実である。以下の5つは、生成AIが今後も構造的に苦手とし続けるとGIPが考える領域であり、同時に、AI時代においてGIPがクライアントに提供し続ける価値そのものであると考えている。

領域 生成AIの限界 GIPが提供する価値 
①正常収益力の最終判断 契約書や総勘定元帳、議事録から一時的損益やプロフォーマ調整項目を抽出し、初期的な分類案を示すことは高い精度でできる。しかし、その分類が業界慣行に合っているかを見極めることはできず、交渉のベースとなる数字を誰が責任を持って主張するかという点もAIには担わせられない。 多数の案件で培った相場観でAIの分類案を補正し、最終数値の根拠を交渉の場でクライアントに代わって説明し、責任を持って主張する。 
②会計方針や見積りの妥当性判断 引当金や減損、資産除去債務、といった見積り項目について、期間比較や同業他社との数値の整合性チェック、議事録に記載される言い回しの検知はできるようになってきている。しかし、インタビューでの対象会社マネジメントや実務担当者の反応といった対話でしか掴めない情報に依存するため、AIの検知能力は限られる。 インタビューや現地確認を通じて経営者の説明の一貫性を直接見極めるとともに、経験豊富な専門家の経験値を踏まえて見積りの妥当性を評価する。 
③論点の重み付けとディールストーリーの構築 論点の優先順位づけやDD報告書のドラフト作成はAIでも十分こなせるようになってきている。しかし、その優先順位づけがクライアントの戦略的意図やリスク許容度に合っているかは、データルームの資料には表れない非公式な対話に基づく判断であり、AI単独では検証できない。 クライアントのM&A担当者や経営陣との対話から戦略的意図を把握し、AIが生成した論点リストをその文脈に合わせて再構成し、投資判断の材料に落とし込む。 
④前例のない事象や特殊な取引への対応 最新の会計基準や類似事例を調べ、論理的に処理方針を組み立てることはAIでもできるようになっている。しかし本当に前例のない事象は学習データや検索結果に十分な事例がなく、AIの回答は一般論の延長にとどまりやすい。グレーゾーンの処理方針を採用する際に必要な、過去の生の事例や専門家ネットワークへの非公式な確認も、AIには代替できない。 業界関係者との実務的なつながりを活かして処理方針を確認し、AIの推論を実務上採用できる結論として補強する。 
⑤事業計画や将来収益力の実現可能性検証 将来のキャッシュフロー計画やシナジー見込みについて、過去実績との整合性チェック等の検証はAIでも相応にできる。しかし、その計画を現在の経営体制や実行力で達成できるかという点は、業界特有の実行上のハードルといった、数値化されない情報に依存するため、AIだけでは判断しきれない。 業界動向や経営者の実行力に関する知見を踏まえて計画の実現可能性を見極め、アーンアウトなどの価格調整の設計提言に落とし込む。 

これらの領域に共通するのは、「情報を処理する力」ではなく、「情報をどう解釈し、判断し、伝えるか」という専門家の経験と対人的な力量が問われる点である。GIPは、定型作業をAIに委ねることで生まれた時間を、まさにこれらの領域に振り向けている。AIが担える範囲が広がるほど、GIPがクライアントに提供する「専門家としての判断」の価値は、むしろ高まっていくと考えている。 

おわりに

DDの本質、すなわち専門家による目利きと判断は今後も変わらないと思われる。しかし、生成AIは、その専門家の時間の使い方を根本的に変えつつあるのは紛れもない事実である。定型作業から解放された時間を、企業価値に直結する分析、論点整理、クライアントとの対話に充てられることこそが、生成AI活用の本当の価値である。また、DDを依頼する担当者においても、AIによる効率化の成果が、コストや期間の短縮だけでなく、分析の深さにどう還元されているかを見極めることが、DDの質を高めるうえで重要である。
GIPは、セキュリティを確保した運用体制のもとでAIを活用し、専門家の知見と組み合わせることで、クライアントの意思決定を支える財務DDを提供している。DD専門家を探す際は、ぜひAIと専門家の判断を組み合わせ、企業価値向上に重点を置いたGIPのDDサービスをご検討いただきたい。 

以上 


記事監修

岩永 剛
エグゼクティブ・ディレクター | GIP株式会社
KPMG FAS、EYグループ(EY新日本有限責任監査法人及びEYストラテジー・アンド・コンサルティング)を経て、GIPに参画
KPMG FASでは多業種の国内外M&Aに携わり、財務デューデリジェンスやストラクチャー設計、財務モデルレビュー等を提供。EYグループでは監査、J-SOX支援、会計アドバイザリー等を経験し、財務・会計両面で高い専門性を有する
慶應義塾大学商学部 卒業、HKU business school MBA (The University of Hong Kong) 修了、公認会計士

執筆・関連記事:
【GIPコラム】財務DD専門家視点から見たのれんの論点 – GIP株式会社
【GIPコラム】財務DDにおける「二つの非上場」~「オーナー系企業」と「上場会社の子会社カーブアウト」はここまで違う~ – GIP株式会社


Contact us