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2026.04.28
【Insights】M&Aを常態化する ― M&Aを成長エンジンにする戦略策定とソーシング力―
近年、日本企業が関与するM&Aは件数ベースで拡大を続け、2025年には5,115件と過去最多を更新した(i)。M&Aが「特別なイベント」から「経営の選択肢」として日常化しつつある。一方で、M&Aは「実行すれば自動的に価値が出る」施策ではなく、戦略と実行の設計次第で成果が大きく振れ得る。特に買収プレミアムと統合難度の見積りを誤ると、期待した価値が実現しにくい。問われているのは“目の前の案件をどうさばくか”ではなく、価値を生む確率を高めるための「探索・意思決定・実行」の仕組みをどう作るかが重要である。
本稿では、M&Aを一過性の取り組みではなく、戦略に埋め込まれた反復可能な経営プロセスとして捉え直す。はじめにM&Aの常態化に向けた全体像を整理したうえで、M&A戦略策定とリスティング・案件化に焦点を当て、その考え方と実務の型を整理する。
1. 組織的M&Aとは何か ― 一発勝負から反復可能なプロセスへ
多くの日本企業においてM&Aはいまだ「特別なプロジェクト」として扱われている。案件が持ち込まれて初めて検討が始まり、外部アドバイザーに全面依存し、経営陣の一存で判断が下される ― このような「受動的M&A」のモデルでは、戦略的合理性よりも「縁」や「タイミング」が結果を左右してしまう。
対照的に、M&Aを繰り返し成功させてきた企業の共通項は、買収を戦略の「実行手段」として位置づけ、パイプラインを常時管理し、内部に知見を蓄積し続ける仕組みを構築している点である。Danaherは「Danaher Business System(DBS)」という継続的改善の仕組みを、買収後の価値創出(統合初期の重点課題設定、改善活動の立ち上げ、学習の蓄積)まで含めた“反復可能な運用プロセス”として展開している。
国内でも富士フイルムがフィルム事業の衰退を見据え、医療・機能材料・バイオサイエンスへと事業ポートフォリオを転換してきた過程は、M&Aを戦略的に組み込み、継続的に実行してきた好例である。
「組織的M&A」は、単線的な「案件発掘から実行までのステップ」として理解するよりも、いくつかの要素が連動しながら循環するプロセスとして捉える方が実務に即している。全社戦略が目指す事業ポートフォリオを定め、それを具体化した事業戦略が各領域の勝ち筋を描く。その達成手段としてM&A戦略が位置づけられ、何を外部から獲得すべきかが定義される。さらに、財務・資本規律が投資判断の枠組みを与え、組織・ガバナンスが意思決定と実行の再現性を担保する。そして最終的に、具体的な取引機会として結実する。

次章以降では、この全体像を前提に、M&A戦略策定およびリスティング・案件化に焦点を当て、その考え方と実務の型を整理する。
2. M&A戦略策定 ― 「なぜ買わなければならないのか」の重要性
M&A戦略は、全社・事業戦略から独立して存在するものではない。先にあるべきは、「自社としてどの事業ポートフォリオを目指すのか」「各事業でどの競争優位を築くのか」という全社・事業戦略であり、M&A戦略はその達成手段として位置づけられる。
M&A戦略策定とは、オーガニック成長だけでは届かない将来像を定義し、そのギャップを埋めるために、どの機能・ケイパビリティを外部から獲得すべきかを明らかにするプロセスとなる。
■戦略ロジックの明確化
実務的に有効な切り口として、GIPでは以下の問いを起点に戦略ロジックの整理を行う。
現在の強みは何か、それは持続可能か? 既存の競争優位が5〜10年後も有効かを問い直す。テクノロジーの進化、顧客ニーズの変化、競合の台頭によって侵食されるリスクを評価する。
成長の「白地」はどこにあるか? 自社の強みを軸に拡張できる隣接領域を特定する。地理、顧客セグメント、バリューチェーン上のポジションなど、複数の軸で可能性を探索する。
M&Aで獲得すべきケイパビリティは何か? オーガニック成長との優先度を比較した上で、スピード・コスト・リスクの観点からM&Aの優位性が発揮される領域を絞り込む。
3. リスティングの技法 ― 「良い候補先」を体系的に発掘する
M&A戦略が固まったら、次はテーマごとに「狙うべき対象像を明確化する」リスティング・案件化である。ロングリスト作成、評価基準・優先順位の設定、ショートリスト絞り込みのプロセスで進める。
■ロングリストの作り方
ロングリストは、業界レポート、登記情報、特許データベース、IR資料、データベースを横断的に活用し、M&Aテーマに沿った候補先を可能な限り広く洗い出す。これまで社内で有望提携先として仮説的に挙がっている企業をリストに加えておくことも重要である。のちに「あの会社は候補に入れていたのか」という議論が経営会議で繰り返されるリスクを取り除いておくことに繋がる。
■ショートリストへの絞り込み基準
ショートリストへの絞り込みには、大きく以下の4軸を用いる。
1. 戦略的フィット(Strategic Fit) 自社の中長期戦略における補完性・整合性。獲得すべきケイパビリティを保有しているか。
2. シナジーポテンシャル(Synergy Potential) 売上シナジー・コストシナジーの仮説レベルの試算。どの時間軸で、どの程度の価値が生まれうるか。
3. 実行可能性(Actionability) 交渉可能性(オーナー・経営陣の意向、株式分散状況)、買収価格の射程(EV/EBITDAのレンジ試算)、PMIの難易度。
4. タイミング・緊急性(Timing) 市場環境や競合動向を踏まえた「今動くべきか」の判断。
4. 先行事例 ― 戦略策定からリスティングまで機能させている事例
戦略策定からリスティング・案件化までが機能している企業でも、強みの出方は一様ではない。全社ポートフォリオの転換に強みを持つ企業もあれば、製品・技術テーマの連続補強に長けた企業、さらに案件化とPMIの運用能力そのものを競争優位にしている企業もある。以下の3社は、それぞれ強いレイヤーは異なるものの、いずれも「案件が来たら検討する」M&Aではなく、「テーマを定め、候補を探索し、継続的に実行する」反復運用型のM&Aを実装している点で共通している。
事例① Daigasグループ ― 「3極ポートフォリオ」構想を軸に、非連続な事業変容をM&Aで実装
エネルギー自由化、人口減少、カーボンニュートラルといった構造変化の中で、同グループは徹底したポートフォリオ経営を生存戦略として据え、国内エネルギー/海外エネルギー/LBS(不動産・IT・機能性材料)という3本柱の成長シナリオを描き、M&Aをその加速装置として位置づけてきた(ii)。
戦略テーマに沿って、材料領域では子会社の大阪ガスケミカルが2015年に水澤化学工業の株式を取得し、都市開発では2018年にプライムエステートの全株式を取得、海外エネルギーでは2019年にSabine Oil & Gas Corporationの全株式取得契約を締結するなど、狙う領域を定めた補強を積み重ねている。
同社は「どの柱を伸ばすか(戦略)」から「その柱で必要な機能・資産は何か(要件)」を定め、候補領域を継続的に探索・選別することで、戦略とリスティングを一体運用している点が特徴である。
事例② ミネベアミツミ ― 「8本槍」ד相合”の設計図に沿って、ターゲットを連続的に埋める
ミネベアミツミは、超精密加工・量産といった自社の強みを活かせる製品群をコア事業として定義する「8本槍」戦略と、異なる技術・製品を組み合わせて価値を生む「相合」を成長の軸に据え、M&Aを継続的な手段として織り込んだ戦略設計を行っている(iii)。
戦略テーマに沿った象徴的ディールとして、2017年1月に株式交換でミツミ電機を完全子会社化し、2019年にはTOBでユーシンを子会社化、同年にアナログ半導体を担うエイブリックの全株式取得を決定するなど、複数の手段を使い分けながらポートフォリオを補強してきた。
同社は「どの槍を伸ばすか」を起点にターゲットの型(要件)を置き、統合まで含めた反復運用を前提としてリスティングを精緻化している点で、組織的M&Aの好例である。
事例③ SHIFT ― M&A/PMIを「型化」し、案件数そのものを競争力に転換したソフトウェア企業
SHIFTは、M&Aを成長戦略の重要な柱と位置付け、M&A/PMIプロセスの“型化”を前提にした推進体制を構築してきた。M&A件数は累積で増加しており、2026年1月には42件目のM&Aを公表し、同社の反復運用の強度を示す。直近では、2025年に組織再編(グループ経営推進部を本部化)とPMI戦略部の立ち上げ、ファンド設立など、運用能力を“組織”として増強している点が特徴的である。案件のソーシングから統合までを常時回す姿勢を明確にしている 。
M&Aを“日常の成長オペレーション”へ落とし、運用能力そのものを競争優位にすることが、戦略策定・リスティングの実効性を高めるという示唆を与える事例である(iv,v)。
5. おわりに
M&Aを組織的な力に変えるとは、個別案件への対応力を高めることだけではない。全社・事業戦略からM&A戦略を導き、財務・資本規律と組織・ガバナンスで判断と実行の質を担保し、そのうえでリスティング・案件化を定常運用する仕組みをつくることである。重要なのは、案件が来てから考えるのではなく、平時から「何を取りにいくか」「いくらまで出せるか」「誰が動くか」を回し続けることだ。この循環が定着したとき、M&Aは偶発的なイベントではなく、反復可能な成長エンジンになる。
GIPは、全社戦略に紐づく投資命題の整理から、獲得すべきケイパビリティ定義、ターゲットリスティング、企業価値評価、交渉設計、PMIの実装まで、意思決定に必要な論点を一気通貫で支援している。M&Aを「偶然の成功」ではなく「反復可能な成長エンジン」へ変えるための仕組みづくりにおいて、実務者の議論と意思決定を前に進める。
(i) RECOF「クロスボーダーM&Aマーケット情報」(最終閲覧日:2026/4/10)
(ii) MARR Online「大阪ガスの「エネルギー・コングロマリット」への変貌」 (最終閲覧日:2026/4/13)
(iii) ミネベアミツミグループ統合報告書2019「世界最強の「相合」精密部品メーカーへ」 (最終閲覧日:2026/4/13)
(iv) MARR Online「上場来185倍の時価総額を実現したSHIFTのM&A/PMI戦略とそれを支えるIR戦術」(最終閲覧日:2026/4/13)
(v) MARR Online「急成長企業SHIFTが進めるM&A/PMI戦略加速のための組織再編、ファンド設立」(最終閲覧日:2026/4/13)
記事監修
松元 英信
ヴァイス・プレジデント | GIP株式会社
三菱総合研究所を経て、GIPに参画
三菱総合研究所では戦略コンサルタントとして約10年にわたり経営・組織・人材戦略の策定支援に従事し、多様な業界において大企業から非上場企業のコンサルティング業務のプロジェクトマネージャーとして参画。総合商社ではM&A戦略立案や企業評価を担当。スタートアップ支援やビジネスDD、共創事業の推進にも強み
東京大学大学院経済学研究科修士課程 修了
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